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おもてなしには共鳴が大切

今日は同僚に対して指導をしている中で自分なりの反省もあり、かなり前のインターネット記事を思い出しました。投稿者は外国にお住まいの方でした。

簡単に紹介しますと、
「日本はおもてなしの国だと思っていたが、それは真実ではなかった。箱根の宿に宿泊に出かけ、チェックイン時間よりも早い時間に付いてしまった。フロントに「部屋にあがらせてほしい」とお願いしたところ、チェックイン時間の15時前にお部屋にお通しすることはできないと言われた。これが「おもてなしの心」というのか。愕然とした!」
という内容でした。

これを見て「そうだ!そうだ!」と思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし僕は違和感を感じました。
この投稿には「宿泊客なんだから時間を多少融通をきかせてくれるのは、宿としては当然のことだろう。その当然のことがおもてなしじゃないのか」という目線を感じます。僕は「上から目線」という言葉が分からない人間なのですが、これは間違いなく「上から目線」だと思いました。

僕が考える「おもてなし」とは「する側とされる側の共鳴のもとに生まれるハーモニー」だと思います。つまり、客の側にも気持ちよくもてなしてもらう心構えがあってよいのではないかと思います。
外国の方の感想は大変寂しいもので、確かに気の利かない宿もあると思います。教育が行き届いていない現場もあるでしょう。それは反省してもらわないといけませんが、 長い文章の中に「共鳴の心構え」は感じ取れませんでした。

この「共鳴」を「優しさ」という言葉に置き換えてもいいと思います。一方向からの優しさは疲れるし鬱陶しいものです。ところが自分の優しさに相手が優しさで返してくれたら嬉しい。相手の優しさに自分が優しさで返したときの相手の笑顔が好きだ。これは別にパートナーや家族だけの特別なものではなく、さまざまな社会生活の中で基本的な価値ではないでしょうか。つまり「共鳴」=「優しさ」=「価値」であるならば、「共鳴」=「価値」でもあると思うのです。
多少疲れるかもしれませんが、相手の笑顔が十分に癒してくれると思いますよ。

では、また次回! f:id:benzpapa:20180108214159j:plain

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