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小室哲哉氏の引退に我思う

小室哲哉氏の引退会見をYouTubeで見ました。それからスッキリとしない複雑な思いでいます。
小室哲哉氏は過去に詐欺事件で執行猶予付きの有罪判決を受けました。派手な生活と派手な女性関係もあり、今の小室哲哉氏の状態を見て「バチが当たった」とか「自業自得」という人もいます。そういう意見もありでしょうし、否定もしません。ただ、それであれば、僕の意見も書き残しておきたいと思いました。

今、小室哲哉氏はKEIKOさんの看病と自分の病気と仕事の中で自分の心の息場所を見失ってしまったのではないでしょうか。その思いから、行動として「味方」を探し続けていたと思います。これは「味方」と「敵」を区別するのとは別です。あくまで「味方」と「味方以外」の2種類です。小室氏自身は当然ながらKEIKOさんの味方だったと思います。ではKEIKOさんは小室さんの味方だったのか?

ここで「味方」という言葉を「自分が頼れる人」に変えましょう。KEIKOさんは「小室氏が頼れる人」ではなかったと思います。小室氏は「KEIKOさんから頼られる人」で居続けようとしていたと思うのです。そんな時に自分が病気になり、自分の心が折れそうになります。その時、自分が必要としている人の種類が「味方」から「自分が頼れる人」に変わった。それが看護師のAさんで、そこを文春にスクープされてしまったのではないかと思うのです。

僕がなぜそう思うのかというと、僕自身がまさにそうだからです。僕には遠くではありますがパートナーがいて、目を閉じるとその女性の笑顔が心の支えになってくれています。口に出して言うことはありませんが、今「僕が頼れる人」は彼女一人。それも彼女がしっかりしてくれてるから成立しています。

小室氏の場合、それがかかりつけクリニックの看護師Aさんだっただけだと思うのです。

小室氏を非難する人を非難するつもりはありません。僕の今の状況と小室氏の状況はよく似ているからこそ僕の中の想像力が働くのです。

人は過去の自分の行動の結果においてバチがあたったりしません。因果応報なだけです。悪い結果だから「バチ」という言葉が使われますが、本来は「当然の結果」しか起こらない。日頃の行いが良いから長生きできるのではありません。健康的な生活を送るから長生きできるのです。交通事故で亡くなる人も、日頃の行いが悪いからではありません。交通事故の現場にいなければならない理由があったから命が絶たれてしまったのです。このように因果応報でしかない。

この1件で小室氏は音楽の世界から引退するとのこと。
「働かなくても食っていけるんだろう」という人もいまして、それはそうかもしれないし、僕が心配することでもないのは重々承知しています。
小室氏自身が病のせいかもしれない中に「才能の枯渇」を感じていたでしょう。

文春は才能ある人を引退に追いやったかもしれないけど、才能まで葬り去ったわけではありません。枯渇したと感じていた才能が復活した時、必ず小室哲哉氏を必要とする人が現れると思います。その時に、温かい目で向かい入れる心の準備だけをしておきたいと思います。

では、また次回! f:id:benzpapa:20180108215631j:plain

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