物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。

介護離職 - 2

前回から時間が経過してしまった

労働基準監督署に呼ばれてしまった。従業員からたれ込まれたわけではないのでご安心を。ブラック企業と呼ばれないように法令遵守に勤しんでいるところである。労働基準監督署ネタは、これはこれで面白いので別な機会で紹介したいと思う。

ケアマネージャーを決める

要介護認定が降りたとしても、すぐに介護保険が使えるわけではないというところの次の段階なのだが、ケアマネージャーを決めなければならない。ケアマネージャーというのは、要介護者本人や家族が、どのよううな生活を望むのかを把握し、それに対して不足しているものを介護事業所を選択しつつ実現していくプランを考える人のことである。多分、間違ってない。実は私は介護事業所の経営に携わっているが、きちんとした教育を受けてない。ただ、本人や家族の気持ちはよく分かる。あくまで家族目線で経営に携わっているつもりである。それで間違った理解をしていたことがない。厚生労働省、国土交通省、県庁、市役所と、その道のベテラン職員と話をするが、「それはおかしい」と言われたことがない。なので大丈夫。

ケアマネージャーのレベルの差はとても大きい!

いいケアマネージャーの定義が難しいのだが、要介護者の状態を客観的に見る力と、それに見合うプランが頭に浮かんで、それを本人家族も含めて関係各部署に適切な表現で伝えられる力を持ち、実際に組める人だと思う。レベルというのは、それぞれの段階で落とし穴があるということだ。だめなケアマネージャーは全部だめなんだけど、得意な部分を持っていたりする。小さな事業所より大きな事業所のほうがいいと思う。先輩や同僚の意見を求めることができるからだ。ただ大きすぎると、型にはまったケアプランしか書かなくなる。または主任ケアマネジャーで看護師出身者は良い人の確率が高い。看護師出身でなくても病院勤務経験があるというのも良いと思う。事業所に一人しかいない「一人ケアマネージャー事業所」は避けたほうが良いかもしれない。ただ全て「ベター」の方向性なだけで、全部ダメということもない。良いケアマネージャーに巡り会えるかどうかというのは幸運なのかもしれない。一番のポイント…この仕事はこの言葉に集約されるのだが、「強くて優しい人」を探すことだ。

ケアマネージャーで一番大変な仕事は

恐らく家族の認識を適正に保つことだと思う。家族というのは残酷なのだ。「私のお母さんは認知症じゃない」か、「私のお母さんは馬鹿になってしまった」の極端などちらかだ。前者だとできないことに目が向かず、後者だとできることに目が向かない。それでは良いプランが作れないので、そこから家族の教育だったり再認識をさせることが重要になる。自分勝手な家族も多い。お父さんの年金を使い込み、お金がほとんど残っていなかったり。自分の生活を優先させるために親は生活保護でも平気だったりするものだ。家族は相互に助け合わなければならないはずなのだが、助け合わない人も一定の数はいるものだ。人の話を聞かない人も多い。ただ、これは聞いてもらえるように持っていく力量というのもあるのだが。

ケアマネージャーが決まったら介護保険証をケアマネージャーに預ける

すると、ケアマネージャーが介護保険証を役所に持っていく。すると介護保険証にケアマネージャーの事業所名が入るのだ。これでようやく介護保険を使えるところの入口に経った。

(続く)