物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。Amazonに飛んだりするけど、アフィリエイトとかしてないのでご安心を!

勇気とは

小学生からの質問シリーズ。

「先生、勇気って何?」

どう応えようかと考えているうちは、まだまだ半人前である。というのも、私は「勇気」を見たことがある。日常に「勇気」は溢れているのだ。あとは「勇気」と自分の中で認識するかどうか。

今から30年前のことである。

私は関西の大学(関西大学なので「の」がなくても良い)の学生寮に住んでいた。時間的に重なっていないが、南海キャンディーズの山ちゃんは寮の後輩に当たるらしい。ただ、当時でも山ちゃんクラスの面白いやつはゴロゴロいた。山ちゃんは当時の寮の面白さ偏差値で50ぐらいだと思う。4人部屋。基本的に1回生から4回生までが同じ部屋で生活する。ものすごく上下関係が厳しい。1回生はゴミ。2回生は平民。3回生は特権階級。4回生は神様だ。とは言うものの、1回生の生活が楽しくなかったかというと、ゴミでも相当に楽しい。お金がなくても十分に楽しさを感じられた時代。4年間は自分の人生の中で最高に光り輝いていた時代だ。毎日のようにトランプ大会が開かれ、毎日のように飲み会が開かれる。なぜか喧嘩が始まると「酒もってこい!」と声がかかる。火に油を注ぐというか酔っぱらいに焼酎なのだが、それで火達磨になったり急性アルコール中毒で運ばれたりする学生がいなかったので、酒も良い潤滑油だったのだろう。

そんなある日の飲み会。私は特権階級3回生だった。私は酒を飲むと基本的に馬鹿話しかしないのだが、人生を真面目に捉えている学生の方が多いので、飲み会は基本的に議論の場なのだ。珍しく特権階級3回生と神様4回生合わせて5人で飲んでいた。そこへゴミ1回生1名と平民2回生1名の2名が顔を出した。想像できるだろうが、そんな場所に1回生と2回生が顔を出すというのは相当嫌なはずである。私の時代、学生寮も保守的な立場から変革していた時期だ。学生の言う体制主義は政治体制的に言うと真逆になる。保守主義からの転換ということは、学生からすると革命主義から保守主義への転換という方が的を射ている。または、絶対封建主義時代(共産圏って意外とそうでしょ)から自由主義の転換と言っても良い。昭和の最後らへんとはそういうものだった。ヘルメットをかぶっている学生が激減して、ファッショナブルな学生が溢れつつある時代ということだ。

めちゃめちゃそれた。

2名の学生君たちは我々の学生寮運営に意見を言いに来たのだ。中身は放っておこう。上級生5名を論破できるだけの意見構成なんてできているわけない。木っ端微塵に駆逐された(もちろん暴力は振るわれていない)。革マルだろうが民青だろうが、わけの分からんセクトが来ても、議論で追い返しリベラル(この場合のリベラルとは学生寮に済む学生の自治権ね)を守り抜いた百戦錬磨の上級生。下級生が議論で挑んで勝ち目なんてない。でも、その2人はその場に来た。

これが勇気だと思った。

相手は驚くほど強く数も多い。自分たちの武器は「正義を信じる心」だけだ。つまり勇気とは「負けると分かっていても、正義を信じる心で行動を起こす。恐怖心に打ち勝つ」こと。その正義が大義かどうかは次の問題だ。いつか自分の信じる正義と大義が完全に重なり合って、人を揺り動かすことになるかもしれない。その時は自分自身が犠牲になることはあってもだ。言っておくが、上級生も下級生もこの話の中に悪者は一人も出てこない。ただ単に、正義を信じる心から突き動かされた行動があるかないかである。

後から考えてみると、自分たちも勇気ある行動を取っている。ただ自分の勇気というのは感じにくく、人の勇気は感じやすい。これが「勇気」をテーマにした映画で感動する所以なのだろう。そう!普段の貴方は勇気に満ち溢れている(他人から見たらね)。

小学生から質問されたら、こう応えてあげよう。

「いじめられている友だちを助けるのが勇気だよ。それは君が「友だちを守ることが正しい」と思うところから始まる。そして、相手が大人数だろうが体が大きかろうが立ち向かうことさ。それってカッコよくね?その勇気に刺激されて沢山の人が味方になってくれるはずさ」

「先生が味方になっちゃる」その時の僕に勇気はほとんど必要ないはずだけどね(笑)