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物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。

「好きにして良い」の落とし穴

上司や管理職が人間の大きなところを見せようと「この案件は好きにしてよい」と言ったとしよう。同じような言葉で「君に任せる」もあるが、理屈は一緒だ。

貴方はグイグイと仕事を進める。もちろん任せられたのだから、報連相も結果だけで良いだろうと踏んで進めている。しばらくして訪れるのは報連相不足で貴方が怒られるシーンだ。どちらが悪いかというと、理不尽かもしれないが「好きにして良い」を拡大解釈した貴方だ。 「好きにして良い」や「君に任せる」には、「報連相はマメにしろよ」というのと「責任を取るのは俺(上司・管理職)だからな」というのが不可分の関係にある。つまり「好きにして良い」と言われたのであれば、普段よりも綿密に報連相を行う必要がある。「好きにしろって言ったのに」と不平不満を持っているのであれば君は甘ちゃんだ。そして「それならそうと言ってくれればいいのに」と思っているのならビジネスマンとして成功する才能はない。才能豊かなビジネスマンは報連相をマメにすることを誰から教わることなく才能として備えている。教えてもらって知ったのであれば、十人並みのサラリーマンということだろう。実は、こういう才能を発掘することが人事や経営にとって将来の企業繁栄の生命線なのだ。だから「君の好きにして良い」と声をかけてみたのだ。そして、それに応える人間がエリートコースを走っていくことになる。ちょっと横道にそれるが「エリートコース」は存在する。エリートコースなんか興味ないなんて言ってはいけない。エリートは組織が大きくなれば大きくなるほど自分で成り上がるものではない。周りが作り上げてくれる。よくエリートコースから外れて巻き返したという話があると思うのだが、外れても巻き返せるのであって、最初から乗ってない人にはエリートの道はない。

話を戻そう。仕事は試事である。それは期限と成果を求められる。その過程を任せられただけであって、報連相はいらないとは言われていないはずだ。「好きにして良い」と言われた時ほど試されていると感じて仕事に向かうことを肝に命じておいた方がよい。