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物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。

ノロケなのでスルーで:好きな気持をいつまでも

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先日の東京旅行。本来であるならば、現在の彼女さんと会うための東京行きであった。しかし、心の狭い私の愚行によりその予定は全てがご破算。

www.happy-end.club

東京から戻ったところの3月21日に泣きついて許してもらった。それは彼女のことが好きで好きで、その心の動きを止められなかったからだ。東京で好きだという気持ちは増大することこそあれ、衰退していくことはなかった。もともと嫉妬からスタートした愚行であるが、それは彼女のことを思えば思うほどのこと。私は愛から始まって反転したときの人の猛烈な憎悪をいくつも経験してきた。可愛さ余って憎さ百倍というやつなのだろう。その瞬間、それまで愛情溢れた思い出は全て悪夢へと変貌するのだ。なので、私は若いカップルがゴールインする時に愛情あふれる家庭を作れとはアドバイスしない。「いつまでも相手のことを好きでいなさい」と言うのだ。好きな気持は反転しないと思っている。実際にはどうだかわからんと言う人もいるだろうが、一昨年叔父が亡くなっての四十九日法要のとき叔母が私に漏らした言葉がある。

「私、あの人のことを好きだったのよ」

叔父と私は叔父甥の関係以上のものがある。叔父は理髪師になるのに私の父のもとでの修行を選んだ。1人前になるまで私と一緒に暮らしていた。なので、叔父甥よりももう少し血の濃さを感じる兄弟に近い関係であった。そのことは叔母も含めて親戚中が知っていることだった。その私に叔母が言ったのだ。

叔母の言葉に「いつまでも相手のことを好きでいなさい」への自信は大きく補強された。67歳で亡くなっているのだから見た目もひどかったし、脳腫瘍だったので最後は認知症の症状が出て叔母は大変な苦労をしていたと思う。それでも叔母なり(とは言うもの世間一般ではなかなかの頑張りだったと思う)に立派な介護をしていた。そしてそれが続いたのは、叔父への「愛」というよりも「好きだ」という気持ちのおかげだったのだという。好きだという気持ちは、人の行動を純粋に美しいものにしていくのだろう。もちろん、それが屈折してストーカー行為に及ぶこともある。しかし、ストーカーというのは好きという気持ちが双方向性ではないということだ。独りよがりであり、自分勝手な好きだという気持ちでは良好な関係が成立しないのは自明の理だ。

今回、彼女の中に私に対する気持ちが残っていてくれてよかったと思う。実際に泣きつく前には、私は彼女に対して「非公認ストーカー」という言葉を使っていた。すっかり嫌われていたのなら、まさしく独りよがりで自分勝手な好きという気持ちにほかならない。3月21日に許してもらってから、心の平静さを取り戻せた。彼女のほうがどうだったのだろうか。彼女の心の支えに戻れたら、これほど嬉しいことはない。現在彼女は2ヶ月間の渡米中の身。彼女が帰ってくるのは、桜と藤の時期を飛び越え蛍が飛び交う時期になる。私が住んているところから9,000km離れてしまった。10,000kmだと2500mileだし歌にでもなりそうだが、9,000kmはやや中途半端な距離だ。それでも私の彼女を思う気持ちは時間(正確には時差なのだろうが)と空間を超えて、届いていることを心から望んでいる。これからもずっと好きだという約束とともに。