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物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。

約束

3泊4日の東京旅行は95%がプライベートで5%ぐらいがビジネス。気持ちの整理をつけに行ったつもりだった。これが最後かもしれないと思っての旅行だったが、待っていたのは未来だった。

変貌を遂げたとは言え、それは普通の人からすると想像を越えるものかもしれないが、私の想像を越えたものではなかった。着々と準備が練られたものであって、唯一の想像を越えたのは丸の内ビル群の高さだけだ。皇居が近いという警戒重点区域を3次元的に広げてしまったのは良かったのだろうかと思ったのだ。しかし、もっと丸の内が担える役割があるだろうと感じた。まだまだ発展途上である。

古くからの友人にあった。30歳を過ぎてから仕事上「瞬間湯沸かし器」であることを自覚していたのだが、それは古くからの友人に言わせると「俺と比較すると驚くほど高い沸点」で、そのぐらいのことは普通に人間だと怒って当たり前だという。私が体験したことで怒らない人間だったら、今この場で付き合いをやめてやるというが、そうはならなかった。

ありがたいことに古くからの友人のつてで、新入社員時代のインストラクターと連絡が取れた。現在は一部上場企業の執行役員である。代表電話からでは、なかなか取り次いでもらえない。今の若手社員に私が彼の同僚だったことを証明するものは皆無なのだ。それもまた自分の力の限界なのだろうと思っていたのであるが、縁があれば自然と道は開けてくるものだ。声を聞いた上に、再会の約束をする。約束だけすればいい。あとは縁が取りもってくれると信じている。

昨日の午後から、68歳の叔母と会った。近年、心の病で入退院を繰り返しているのは聞いていた。父が他界したときには入院中。その後、入退院を繰り返しの中で法要も全て欠席している。今の心調次第、そして年齢からいっても、今回が今生の別れになるのかもしれないと覚悟しながらの訪問だった。しかし、目の前に現れた叔母は、昔と変わらず元気で多弁な叔母であった。入退院を繰り返していたときは、頭というより脳を直接レンガで押させ付けられている苦しさがあったそうだが、先生が替わり薬を1種類減らされてから回復してきたのだそうだ。向精神薬は博打である。どれが症状の改善に向かうのか、投与してみないと分からない。その上に、薬からくる副作用を抑えるために薬を投与するという悪循環なのだ。私のような医者でもないものが複雑な薬の効用を思いつくはずもなく。まだいくつかの種類は飲んでるようだがレンガは外れたそうだ。家を出ていた42歳になる息子が帰ってくるのだという。また一緒の生活が始まることで、賑やかさが戻ってくる嬉しさ半分、喧嘩ばかりになるのではないかという不安が半分なのだという。共同生活をおくる上で衝突は避けられない。思いの衝突もあるし、言葉の衝突もあるし、不幸な家庭内暴力という衝突に達することもあるだろう。衝突しないことが幸せであることは間違いない。暴力は以ての外であるが、衝突後に水に流す覚悟をしておくことが大事なのではないだろうか。できれば若者から折れた方がズムーズだ。産んでくれた年の差分だけは間違いなく頑固さの強化はできていないであろうから。九州と東京という距離のせいで疎遠になっていた従兄弟たちとも連絡が取れた。ここでもまたの再会を約束する。

未来に何かをしようと決めることを約束という。今回の東京ではたくさんの約束をしてきた。約束をたくさんすることは未来を決めていくことだ。想像したり、希望したり、書いたりするだけでは決して望んでいる未来はこない。唯一その中で未来を作っていくものがあるとすると、それは想像したり希望したり書いたりすることを自分と約束することだ。

今回たくさんの約束ができた。それは未来を形作る基礎固めのようなものだ。実は大変なのはここからである。約束の履行と工夫がいる。

もうひとつ、「誰」と約束するのかを決めることも大事だろう。思いが寄り添ってない人とは約束できない。当たり前の話だが、自分への約束以外、約束は双方向性が必要なのだ。思いが寄り添ってないものの代表例が、そんな気もないのに「また来るね」というやつだ。この言葉に悪質なものは含まれていないが、その時に相手(お店だたり、人だったり)がどんな顔をして受け止めたのは大事なのではないだろうか。約束は双方向性。この言葉を次の東京訪問まで大切にとっておこうと思う。