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物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。

人よりも3倍の努力

努力は才能に負けると書いておきながらですが、私は自分を客観的に見て、人の3倍努力するタイプです。
まず私の才能を紹介しておきましょう。人様から指摘を受けたものですので、客観的な才能なのだと思います。私には4つの才能があります。相続力豊かで、好奇心旺盛で、人の心を楽にし、よくない未来が見通せる(事故を除く)。心を楽にするのは面と向かってる時だけのようです。文字や電話では効果がない。ない才能も書いておきますと「モノを作り出す」こと。おそらくモノを作り出す才能というのは収入に一番結びつきます。モノを作っているのに売れてないのは、単純に才能がないからです。世の中に「気付かれていない才能」はあっても、「埋もれ続ける才能」はありません。あるとすると2つ、アピールの仕方が悪いか、病気で寝込んでるかのどちらかです。評価してくれる人が1000人以下、それは残念ながら才能はないと思ったほうが良い。心が広い人を1000人みつけることは簡単にできるからです。それこそ努力でなんとかなる。さて、この4つの才能、社会では役に立ちますが、なかなか収入には結びつきません。なので、私は傍目からは成功していないように見えると思いますが、収入と成功は別物だと思っていますので、自分自身では成功を感じています。自然と人が私の周りに集まり、私の意見を求められます。来た人がその通りにしたかどうかは別として、私の意見を求めてくれる人がいることは私にとって成功です。今までに10,000人以上の人と仕事をしているので、才能と思っています。中には来てほしい人は来なくて、来てほしくない人が来たりしますが、それはご愛嬌。以前の投稿で「才能は伸ばす、努力は積み重ねる」と書きましたが、おそらくこの4つの才能については、自分で伸ばせる環境にいたのだろうと思います。
さて、本番。「3倍の努力」ですが、何か新しい力を自分に蓄えるとき、眠りませんし、食べませんし、休みません。仕事の話ではありません。仕事をこなすのは努力ではありません。仕事は頑張って当たり前、できて当たり前。できてない時にはじめて過程を評価すべきかどうか考えるものです。成果を挙げられなかったことに対して、過程を評価した上で「よくがんばったね」と声をかけますが、「よく努力したね」とは声をかけません。ただし、過程の評価というのは所詮は情状酌量です。次にチャンスを与える土台でしからありません。何度も仕事の成果を出せない人は、この情状酌量も尽きてしまいますのでチャンスもなくなります。努力とはそういうものではない。話を元に戻しましょう。未知なる仕事に立ち向かえる準備をすることが努力です。私は将来に向かって力を蓄える時に、それ以外のことを全て(仕事はしますよ)ストップさせてでもやる。私は未経験の仕事でも、経験者以上に上手くこなしてきた自負がありますが、それはまさにそういう努力の積み重ねでした。資格を取るための勉強は努力ですが、資格を取った後に信用を掴むのは努力ではない。
どうでしょう。成果を出すための過程を努力だと思っていませんでしたか?成果を出すための準備を努力といいましょう。すると、今、何を優先すべきか分かってくると思います。
しかし、自分で書いたとはいえ読み返してみると、とんでもなく辛辣な意見だな(;一_一)