物語の結末はいつもHappy End

仕事に関して大切にしていることを書いていこうと思います。それと、少しの季節と、少しの写真と、少しの北九州。

悪霊について

前回の投稿は「暗闇の恐怖」でした。

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この投稿で「悪霊」という単語を用いています。

ちょっと逸れますが、私の中でトラウマになっている映画があります。

それは「エクソシスト」今、スターチャンネルで「TVドラマ版エクソシスト」をやっているそうです。そろそろ最終回も近いというタイミングだとか。私は子どもの頃から映画好きで、それこそ幼稚園生の頃から映画館に連れて行ってもらっていました。エクソシストの日本国内ロードショーは1974年のこと。小学校2年生には衝撃が大きすぎたと思います。映画を見た直後からトラウマは生まれ、そのせいで何度もTVで放送されましたが、全部のシーンを見れたのは30歳を過ぎてから。その他のオカルト映画は大好物で多く観ましたし、オカルト関係の本もかなり読みましたので、ちょっとしたオカルト研究家を自称していいんじゃないかと思っています。

そこで、私なりのオカルト世界観と精神世界観からすると、悪霊の「怖さ」はたった一つの完璧な前提があります。それは「現象として目に見える」ということです。ラップ音も見ようと思えば見えます。悪霊が憑依した状態も目に見えます。物が動くのも同様です。それでも悪霊の存在を「空想の産物」「非科学的」とする方がいます。憑依したのも精神疾患のひとつだという人もいますが、本当に悪霊の存在を完全に否定できるのでしょうか?

では、もっと目に見えることを指し示しましょう。「悪行」です。悪行は誰がやったものなのか。間違いなく人間です。人間の悪い部分が善い部分に勝ってしまって出てきた事象のことだと思います。では、その「人間の悪い部分」とは?「悪性の精神=悪霊」ではないでしょうか。悪霊の霊性の部分だけにフォーカスするのではなく、もっと人間の考え方や行動パターンンまで広く「霊」だと捉えてみてはいかがでしょう。どの事件に悪性の精神が関わったのかまで言及するつもりはありませんが、頷ける話だと思いませんか。

悪性の精神こそ悪霊であり、それは人やモノを介して我々に牙をむくのです。そうならないように心穏やかに暮らしていくことは大切なことだと思います。

 

ただし、こういうことは概念的な考え方で、ひとつの可能性を非科学的に検討してみたということでしょう。悪霊が数字で表記される時代が来るのでしょうか??